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スポーツを目的として生まれたのではなく、ストリートシーンでのファッションアイテムとしての使命を受けて世に生を受けたマッドフット。今や誰もに愛されるメジャーブランドの座を得ようとしているが、その創造主である今井タカシ氏は今何を考えているのか?注目の女性DJ「SALASA」も交え、マッドフットの「今」を捉えた。


芥川:MAD FOOTが始まって、何年経ちました?



今井:2001年からだから、8年。



芥川:そもそもMAD FOOTっていう名前の由来は?


今井:由来っていう由来じゃないんだけど、既存の価値観を持ったものを越えたい、という思いがあった。当時、いわゆるメーカーはスポーツメーカーとしての機能から入ってたでしょ。マッドフットは僕らみたいなカルチャーサイドの人間が立ち上げた、メーカー主導じゃないスニーカーブランドだった。


芥川:そういう思いを表わす言葉が“MAD”なんだ。マッドフットといえば、やっぱり一番最初のモデル「MAD DAAAM I」が印象的なんだけど、「DAAAM」っていうのはどういう意味?


今井:これは、“MAD”を逆さにしただけ(笑)


芥川:そうなの?!


今井:まあでも、実はブランド名を考えてた時に、レコードをバーっとチェックしてたのね。たまたまレコードジャケットに“MAD”って書いてあったのを見て、“MAD FOOT”っていいなと。で、あとモデル名どうしようかって時も、たまたま “DAAAM”って書いてあるレコード見つけてさ(笑)


芥川:由来のエピソードとしては、そっちの方がなんかマッドフットぽくて良いね。それで行きましょうよ(笑)


今井:基本的に、HIP HOPのカルチャーっていうのが自分の中にベースとしてあるからね。自分としてサンプリングという行為が普通というか、そういう第三者のフィルターを通すことで、新たな価値が生まれるっていうことが、HIP HOPで証明されてたでしょ。それはスニーカーについても同じことじゃないかと思って。


今井タカシ
Takashi Imai
MAD FOOT CEO デザイナー小学生の時スニーカーに目覚めて以来スニーカー道を歩み続けるフリーク。1990年代には伝説のラップグループ「GAS BOYS」のMCを務める一方、様々なブランドでコラボスニーカーを企画。2001年にMAD FOOTを創設。
MAD DAAAM Iマッドフットの処女作「マッドダームI」。全面リクレクターのものが最初期のモデルで、その後徐々にアップデートされている。現在はお休み中だが、またいずれ出すとのこと。
シーズンごとに発行されるカタログではマッドフットのクリエイションが炸裂。
毎回斬新なテーマで楽しませてくれるが、今回のテーマの一つは「鯉」。
すなわち「恋」なのだ
芥川貴之志Takatoshi Akutagawa aka AKU
ファッションディレクター
Footcornermag.編集長

1990年代よりスニーカーコレクションを始め、エディター、スタイリストとして活動する傍ら、スニーカーメーカー各社のプロジェクトに参画。「Foot Corner」のプロデューサーであり、当Webマガジンの編集長も務める。



芥川:それが実際のモノ作りにも反映されているわけだ。今井くん、昔エアフォース1のローカットをよく履いてましたよね。DAAAM Iなんかはまさにそういうスタイルなわけだけど、やっぱりフォース1には特別な思い入れがあります?


今井:自分が一番影響を受けたものからは逃れられないよね。エアフォース1にしろ、スーパースターにしろ。



芥川:一番よく履いたのはフォース1?



今井:いや、アディダスのスーパースターだね。あと、キャンパス。


芥川:そこでスーパースターじゃなく、あえてフォース1のようなスニーカーを作ったのは、やっぱりそういう時代だったからですかね。


今井:時代もあるよね。あとはやっぱり、その時自分が好きなものをストレートに表現したかったからさ。今振り返ると、当時は勢いだけで作ってた。


芥川:今井くんに初めて会ったのは’94年頃だったと思うけど、あの頃すでにスニーカー作りたいって思ってたの?


今井:具体的に作りたいってなったのは、やっぱり2000年にアトモス(原宿)で働き始めてからだね。それまでは靴屋で働いてても、作るっていう方向は考えられなかった。当時はあくまで選ぶという立場だったし。作るってことは全く次元の違う話だったというか。


芥川:あの頃はメーカー自体、遠い存在じゃなかったですか?


今井:うん。海外に行って、面白い靴を掘ってくる作業に夢中だったしね。自分たちが掘り起こすことによって、その靴が発売された当時は生み出せなかった、新たな価値を付加させるのが楽しかった。だから、メーカーが出してくる新しい靴には、実はあまり興味が無かったんだよね。



芥川:それがアトモスに入って、何かが変わった。


今井:アトモスを始めた頃は、もうアメリカ行っても面白いモノが出てこなくなってたんだよね。古いモノも掘り尽くされててさ。それで別注とかが出来ようになったから色々やってたんだけど、それだけじゃ面白くないんだ。形は決まってて色をいじるだけとか、こんな素材はどうですか?と提案しても、その素材はダメって言われたり。そんなことを繰り返すうちに、これは自分で作った方が規制も無いし、もっと自由に出来て楽しいんじゃないかなと。まわりに洋服とかオモチャを作ってる人がたくさんいたから、そういうのも刺激になったよね。それで、もしかしたら自分も作れるんじゃないかと。



芥川:丁度そのころって、ドメスティックのスニーカーが色々出てきた時期ですよね。Visvimだったり、TASだったり。


今井:うん、そういう時期だった。世の中的に色々動きがあって、やりやすかったんだよね。あの時期に始めてなかったら多分やってなかっただろうし、とにかくやったことによって、結果が出た。最初は靴一足作れればいいや、と思ってたんだけど、作ったら作ったで、もうちょっと突っ込んで作りたいな、と思うようになって。そのうち、マッドフットで食えると思うようになって独立した。


芥川:最初の頃は工場とかで悩んでましたよね?まともなサンプルが上がってこないとか。


今井:そうそう、工場を動かすのは本当に大変だった。でも今使ってる工場はすごいよ。技術的な裏打ちがしっかりしてるから、こっちからデザインソースを投げて、機能面で口出ししようとすると、「大丈夫。君が考えてる以上のモノを作るから」って言われる(笑)
MAD OHMその名もまさに「オーム」と名付けられた独創的なモデルは「風の谷のナウシカ」の「王蟲」にインスパイアされたもの。蓄光素材を使った半球状のパーツが、暗闇で怪しく光る。



芥川:その後のブレイクスルーポイントとしては、ASBEE(アスビー)とやり始めたのが大きいんじゃないかと思うんだけど、どういう経緯だったの?



今井:業界に長くいて全体を見渡してみると、資本の寡占化がどんどん進んでいるのがわかる。 ’90年代に自分たちが面白いと思ってた靴屋っていうのが、2000年代に入ると淘汰されちゃって、ABCマートだアスビーだって、大手の流通網が拡大してきた。僕もずっと洋服メインのセレクトショップとお付き合いさせてもらってたんだけど、そういうショップが年々パワーダウンしてきて、洋服屋さんの市場だけで売っていくことに、ちょっと限界を感じ始めたのね。それで靴屋にも営業をかけ始めた。



芥川:でもアスビーって量販店じゃないですか。昔のロジックだったらやってなかったことだと思うんだけど。



今井:やっぱり時代だよね。改めて靴の流通を研究してみると、自分が知ってた’90年代の仕組みとはワケが違うことに気付いたんだ。どういうことかというと、ブランドを発展させていくためには、良い工場を使わないといけない。良い工場を使おうとすると、より量を求められる。つまりスニーカー産業は、プラスの方向でしか回せなくなっちゃったんだ。良いモノをそこそこの値段で売ってると、マーケットとしては縮小するしかない。じゃあどうやって脱却するかというと、大きい資本で量を回していくしかない。そういう風に頭が切り替わった頃、たまたまアスビーと取り引きしてもらえることになったんだ。アスビーの方も僕らみたいなブランドのことをすごく面白がってくれたし、僕としては、どこに置かれてもマッドフットのブランド価値が低下するってことは無いのかな、と思って。それで2006年の末からアスビーにマッドフットが置かれるように なった。



芥川:マッドフットを大衆化させたいっていう思いは元々あったの?



今井:うん。だってスニーカーって存在自体が大衆的なものだと思うから。そもそもなぜ小学生の時にスニーカーを好きになったかと言うと、やっぱりすぐに触れるところにスニーカーがあったからだと思うんだ。大衆化されてないと、なかなか小学生の手には届かないでしょう。だからそれくらいの大衆性を持たせないと、スニーカーブランドとしてはおもしろくないな、と思うんです。一つのプライベートブランドで終わらせるのは勿体ないなと。



芥川:大衆化したいってところを踏まえてなんですが、今はやっぱりストリート用っていうのがあるじゃないですか。以前、今井くんからオリンピック選手も履いてるようなスポーツシューズブランドにしたい、って聞いたことがあるんだけど、それは今も考えてるんですか?



今井:今はそれほど考えてない。でも、ダンスってところはすでに動いてて、今年OMARIONっていうアメリカのアーティストと組んで、ダンスシューズのコラボモデルを作ったよ。



芥川:じゃあ、それが発展して、スポーツ専用モデルへの布石になるかもしれないですね。



今井:可能性はあるね。


グラミー賞にもノミネートされた話題のR&Bシンガー「オマリオン」からのリクエストでコラボモデル「OBOI」が誕生。ダンサーとしての顔も持つ彼ならでは視点が生かされた。