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プロフィール : 芥川貴之志Takatoshi Akutagawa aka AKU

ファッションディレクター Footcornermag.編集長1990年代よりスニーカーコレクションを始め、エディター、スタイリストとして活動する傍ら、スニーカーメーカー各社のプロジェクトに参画。カラー提案やオリジナルデザインモデルの発表を行う一方、2005年には自身のコレクションを元に編纂した書籍「Blueribbons」を出版。本日着用するのは、自らデザインしたブレーザースエードのスペシャルモデル。

’70~80年代のナイキはベロを裏返すと生産国が表記されている。一番上の段にMADE IN JAPANと書かれているのがわかるだろうか?


こちらが福岡のアサヒコーポレーション工場。一番古い建物は大正時代からのもので、現在も日々靴を作り続けている。(2004年撮影)


アサヒ社内の加硫釜と呼ばれる巨大な装置。ソールを接着するための機械で、ブレーザーも当時これで作られていた。(2004年撮影)


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2009年4月18日、渋谷109-2 5階 VAROSH the Cornerのリニューアルオープンと共に登場したFOOT CORNER。そのWeb連動コンテンツとして「FOOT CORNER MAG.」がスタートした!FOOT CORNERとは何か?まずはそのあたりから……

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フットコーナーを一言で簡単に説明するならば、それは「VAROSHの中に誕生したスニーカー屋さん」という事になる。ブーツ、サンダルなどなど、色々な種類がある靴の中でも、あえてスニーカーに着目し、こだわり、かっこいいスニーカーを見つけて、コーディネイトに取り入れてもらおう!というのがその趣旨。

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そして注目してもらいたいのが、サブタイトルとして付けられた「VINTAGE ARCHIVE」という言葉。これは直訳すると「骨董品保管庫」という感じになるけれど、要は1980年頃までのクラシックあるいはビンテージと呼ばれるモデルばかりを集めたっていう意味。

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この時代までのスニーカーはシンプルでコーディネイトしやすいモデルが多くファッションに取り入れやすい。だから、そういうモデルばかり集めた特別なショップ……

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フットコーナーは、何でもごちゃまぜに並べて売るそこら辺の靴屋さんとはワケが違うのです。そんなフットコーナーではよりスニーカーを楽しむ提案をするべく、このウェブマガジンを同時にスタートさせることにしました。編集はフットコーナーの仕掛け人でもある私アクタガワが担当。ヴィンテージならではのウンチクや業界裏話も織り交ぜて楽しい読み物にして行きたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

ヴィンテージマニアが熱狂、垂涎したナイキ初のバッシュ

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さて、第1回として取り上げることにしたのが、ナイキブレーザースエード。その完全復刻版が発売されたことは、既に多くの雑誌やウェブサイトで報じられているけれど、フットコーナーとしてもこの名品は超注目商品。”ヴィンテージ”という言葉を象徴するアイテムでもあるので、あえて取り上げてFCM独自の視点から切り込んでみよう。

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そこでまずはオリジナルを知らなきゃ話にならないでしょ!というわけで、東京を代表するヴィンテージショップ「Ber Ber Jin」さんから、1970年代のオリジナルを借りてきた。だいぶ履きこまれてクタクタになってはいるものの、それが逆にヴィンテージならではの風合いを醸し出し、圧倒的な存在感を持っているのが、写真からも伝わってくるのではないだろうか。

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1990年代の初め、東京のストリートシーンでヴィンテージブームという現象が起こった。ジーンズやスニーカーといったアイテムの古い物。すなわちヴィンテージアイテムを身に付ける事がトレンドとなり、それらのアイテムの価格は驚くべき勢いで高騰していった。

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ナイキブレーザースエード

オリジナル¥48090

(問・ベルベルジン/03-3401-4666)

現在日本各地に数多くある古着ショップも、このブームをきっかけとして開かれたものが多い。また様々なブランドがヴィンテージ加工を施した洋服を作るようになったのも、このブームが源だったと言えるだろう。それだけヴィンテージブームは勢いがあり、世界中に大きな影響を及ぼした日本発信のカルチャーだった。

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そんな時代においてリーバイス501などと共に人気だったのが、ナイキのヴィンテージスニーカー。特にベロの筆記体のロゴマークを持つ最初期のモデルは希少性が高く、マニアが必死になって探すようになった。このブレーザースエードも1972年に発売されたナイキ初のバスケットシューズであり、とても見つけにくいモデルであったが、ただ古くて珍しいというだけでなく、ファッションという視点から見てもとてもスタイリッシュでCoolなデザインだったため、大変人気があった。

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今回貸して頂いたオリジナルも中古スニーカーとしてはかなり高額だが、’90年代には10万円を切ることがほとんど無かったことを考えると、かなり相場が下がったと言えるだろう。

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ヴィンテージとしてそれだけ人気だったブレーザーだが、注目すべき点は他にもある。実はこのスニーカー、日本で作られていたのだ。

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オリジナルのベロを裏返してみると、そこには生産国が書かれている。全てのブレーザーがそうだったわけではないが、今回借りたオリジナルは運良くMADE IN JAPANだった。当時からナイキは多くの製品をアジアの工場で生産していたが、特に’70年代はまだ日本円が安かったため、高品質低価格を両立出来る日本の工場は、ナイキにとって理想的だったのだ。当時ナイキを製造していた工場の一つ、福岡のアサヒコーポレーションは、現在も当時のままの姿で稼動を続けている。この地で製造し、アメリカに出荷されていたブレーザーは、日本人にとって縁の深いスニーカーと言うこともできるのではないだろうか。