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FEATURE
Mt.FUJI
特集|富士山 #2 登山編
TEXT+PHOTO :: TAKATOSHI AKUTAGAWA
機会は突然訪れた。8月の半ば、友人の家族が、富士五湖周辺でキャンプするから来ないかと言う。出来れば僕も、家族で参加したかったけれど、丁度その時は長男がサッカークラブの合宿中。妻も別の用事があると言うので、行くとしたら僕ひとり。これは富士周辺に1人で来い、というお告げに違いないと確信し、キャンプ場に行く前に、富士山に登ることにした。
富士山に登る場合、メジャーなのはいわゆるご来光登山。頂上付近で日の出を迎えるため、それに合わせて登るわけだ。日帰りなら夜中に登り、小屋で一泊するなら昼間に登るというスケジュール。でも夜中に登ると景色は見れず、小屋泊するなら窮屈な寝床を我慢しなければならないという、どちらも欠点がある。
それに今回はお盆休みの時期ということもあって、平日であっても相当な混雑が予想された。混雑していると登山道が渋滞してしまい、登るのに大変な時間がかかるらしい。そこで僕は、朝から景色を見ながら登り、夕方に降りてきてキャンプ場に向かう、というスケジュールにすることにした。
富士山を登るルートは、いくつも存在していて、もちろん麓から登る人もいるけれど、多くの人は五合目付近まで車で上り、そこから登山を開始する。その場合でも登山口によって、大きく分けて4つのルートがあり、それぞれ富士宮ルート、吉田ルート、須走ルート、御殿場ルートと呼ばれている。
それぞれのルートには一長一短があり、たとえば富士宮ルートでは登山距離が5.0kmなのに対し、御殿場ルートでは11.0kmもある。これは一口に五合目と言っても、それぞれの登山口で標高がかなり異なるためで、もっとも標高が高い富士宮口は2,400mなのに対し、御殿場口は1,440mでしかない。
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| 吉田口五合目付近は、土産物屋などが立ち並び、大変賑やか。アウトドアグッズを売るショップなどもあり、たとえ手ぶらで来たとしても、登山用具一式揃えて登ることが出来るだろう。もちろん金に糸目をつけなければ、だけど。 |
どのルートが良いかは、まったく好みの問題としか言えない。自宅からアクセスしやすい場所がどこかによっても、条件は変わるだろう。しかし中でもメジャーなのは吉田ルートで、毎年多くの人々が吉田口から登山を開始しており、したがって土産物屋などが立ち並び、もっとも賑やかな登山口となっている。
登山客が多い富士山では、登山口付近の駐車場問題も深刻で、富士宮口などは駐車場所から登山口まで、数時間歩かなければならないこともあるらしいのだが、吉田口の場合、混雑する時期にはマイカー規制が行われ、麓の駐車場からシャトルバスが出るようになっている。その点でも吉田口は一番メインの登山口と言うことができ、富士登山初心者の僕でも迷わなそうだったのと、友人がいる西湖のキャンプ場へも比較的近かったので、今回は吉田ルートで登ることに決めた。
出発の前日は仕事や準備に追われ、ほとんど寝ることが出来なかったけれど、初めての富士山への期待感もあり、眠気はまったく感じなかった。午前4時頃、家を抜け出して車で出発。途中、行動食や昼飯などを買い、首都高から中央道へと車を走らせて、河口湖インターチェンジを降りたのは、午前6時頃。快晴。雨の心配も無く、良い登山日和になりそうだと思った。
河口湖ICから程近い、北麓公園駐車場に車を停め、準備を整えていると、間もなくシャトルバスがやってきた。料金1,700円。高い。
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| 夏休みの時期、富士スバルラインはマイカー規制が実施され、自家用車で五合目までアクセスすることは出来ない。樹木に囲まれた道路を走るため、シャトルバスからはひたすら森が見えるばかりだが、時折姿をあらわす富士山は雄大。ちなみにシャトルバスは大型の観光バスタイプで、大変快適。 |
朝から富士山に登る人は、少数派だと思っていたが、バスは満員だった。富士スバルラインを登る間、視界はずっと樹海に閉ざされているが、たまに道路の傾斜によっては、富士が姿を見せることがある。間近に見る富士山は、やはりデカい。
午前7時過ぎ、バスは吉田口に到着。トイレに立ち寄り、軽く身支度を整えたあと、登山を開始した。7時20分。空には薄く雲が出てきて、夏の太陽の強い陽射しを、適度に遮ってくれていた。実は今回、天候が悪化した場合に備えて、防水透湿素材の雨具上下と、ナイキのエアゴアドームという、ゴアテックスのシューズも用意していた。しかし雨の心配はまったく無さそうだったので、レインパンツは車に置いていき、シューズも予定通りエアズームタラックライトで行くことにした。もちろん山では天候が急変する可能性もあるが、よほどの大雨でない限りは、レインハットとハードシェルがあれば凌げるだろう。
今回の登山は、はじめから一人で行こうと思っていた。子供たちが小さく、家族では登れないというのも理由の一つだけれど、それ以上に自然との対話を、一人でしたいと思ったからだ。
その昔、アメリカにヘンリー・ディヴィッド・ソローという人がいた。この人は、哲学者のラルフ・エマーソンから森の中の土地を借り、そこで自分の手で家を建て、自給自足の生活を数年間送った。その体験をもとにした手記を「Walden」という本にまとめ、自然界と人間が共存するための、あるべき姿を説いたのだが、この本はアメリカでは大変な名著として読み継がれている。
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僕は数年前、長野のあるホテルで、この本に出会った。そのホテルは「ハットウォールデン」という名で、その由来となったソローの本が、各部屋の枕元に置かれていた。
初めて手にしたその本は、半ば哲学的な内容で、一晩で読み終えるというわけにはいかず、後日、自分で買い求めて読んでみた。書かれてあることの真理は、自分でも常々感じていることと、相違がなかったけれど、それをいわゆるアウトドアライフの中から感じ取るという点が、僕にはなかった視点だった。
その本を読んで以来、自然の中に一人身を置くということを、是非やってみたいと考えていた。アメリカにおけるバックパッキングというカルチャーも、実は元を正せば、1970年代に学生の間でソローの文学が流行ったことに、ルーツがあるのだそうだ。一人、ないしごく少人数で、自然環境に身を置き、自然と対話し、考えを巡らせる。単なるスポーツではない、思考を伴ったアウトドアアクティヴィティだ。
ソローが自給自足をしたように、すべてを自分自身の手で行うという意味で、今回は水や食糧も、自分で持って上がることにした。と、偉そうに言っておきながら、山の中腹までバスで登っている自分が情けないが、人が担ぎ上げたものを、金で買って解決するというのは、どうも違うんじゃないかと、感覚的に違和感を感じたのだ。
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| 行動食は500ccのナルゲンボトルに、ドライフルーツと麦チョコ、ソイバーを入れて持って行ったが、麦チョコは途中で溶けてきて困った。チョコが食べたかったら、チョコが内部にあるスナックにすべし。このナルゲンはアメリカのアウトドアショップREIの別注。ナルゲンは色々なショップの別注品があって楽しい。 |
飲料水として、ハイドレーションシステムに、スポーツドリンクを1リットル。ほかにナルゲンボトル(樹脂製の軽量ボトル)に水を1リットル入れていき、こちらは山頂での食事とコーヒー用とした。食事はインスタントラーメン。ほかに行動食として、ドライフルーツなどを小さいナルゲンボトルに入れ、登山中に“つまみ食い”することにした。
調理をするからには、湯を沸かさないといけないわけで、コッフェル付きのガスバーナーとカトラリー、あとコーヒーを飲むためのマグを持ち、さらに休憩用の座イスまで持って行くことにしたから、荷物はそこそこの重さになった。でも体力的にはあまり心配していなかったので、アミノ酸や携帯酸素なども持たず、軽い気持ちで登山を開始した。
本来は高度順応のため、五合目付近で一時間ほど待機するのが良いと言う。酸素が薄くなることによる、高度障害、高山病を予防するためだ。しかし僕は学生時代にスキーのレースをやっていたことから、標高の高いところでの運動には慣れていると思っていたし、当初の予定よりも1時間以上出発が遅れたので、待機することなく、すぐに登りはじめてしまった。
出発してすぐは、斜面をトラバースするように緩い下りが続き、その後上り坂にさしかかる。登山道はよく整備されていて、道幅も広く、まったく散歩気分で登ることが出来る。40分ほどで六合目を過ぎ、七合目までの中間地点あたりで、15分ほどの休憩をした。朝食を摂っていなかったので、コンビニで買ったおにぎりを一つ食べ、高度順応させるためにも、長めに休むようにした。
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| 六合目と七合目の中間あたりで休憩。このあたりは緩やかな砂利道の登山道が、つづら折りに続いている。なかなか標高が上がらずじれったいが、体への負担は少ないので楽に登れる。そして眼下に街を見下ろしながら登山するというのも、富士山の特徴の一つ。右の方には山中湖が見える。 |
シューズの具合はとても良く、まったくの新品をおろして履いたにも関わらず、よく足に馴染みフィットした。岩場でのグリップも問題なし。重量が軽いから、普通のスニーカーと変わらない感覚で、歩くことが出来るし、それでいて足首も適度にサポートしてくれる。ちなみにエアズームタラックライトの、片足での実測重量はサイズ9(27.0cm)で452g。これは一般的なハイカットのトレッキングシューズの、約2/3の重量だから、かなり軽量と言えるだろう。
そして9時10分ごろ、七合目に到着。このあたりから大小の岩の上を登っていくようになり、段々と登山らしくなってくる。途中休憩を挟みながら、10時過ぎに標高3000m地点を通過。11時30頃には本八合目と呼ばれる、標高3350m地点に到達した。このあたりまでは、まったく順調。疲れてはいたけれど、頂上もすぐそこに見え、あと1時間もあれば頂上に着けるだろうと、甘く考えていた。
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| 七合目から八合目にかけては、多くの山小屋が営業している。一泊登山をする場合、こういった小屋に泊まることになるが、登山道はすべての小屋の前を通るようになっているので、通りがかりの登山者も多くが小屋の前のベンチに腰掛けて休む。トイレも使えるが有料。当然”くみ取り”なので、どの小屋の前も微妙に臭う。 |
11時38分に再度頂上を目指し出発。疲れてきていたのと、足場が悪いこともあって、トレッキングポールを両手に持ち、歩き出した。しかし間もなく、体がおかしいことに気付く。呼吸が苦しい。体が動かない。10歩くらい歩いては、立ち止まって深呼吸をしないと、息が整わない。明らかに低酸素に体が苦しんでいた。
幸い頭痛や吐き気はなかったので、少しずつ休みながらゆっくりと登ったけれど、まさに牛歩、いやそれ以下だったかもしれない。肩で息をしながら、五合目で待機しなかったことを後悔したけれど、時すでに遅し。トレッキングポールに体を預けて休んでいる横を、「山ガール」が携帯酸素を吸いながら、スイスイ登って行く。
実は八合目を過ぎたあたりで、ハイドレーションシステムのドリンクが切れてしまっていた。簡単に飲めるから、想像以上のペースで飲んでしまったのもあるが、そもそも量が1リットルでは足りなかったようだ。しかしそれでもなお、飲料水を買うことは避けたかったので、残りの1リットルから、頂上滞在時と下山時の最低必要量を予想して差し引き、約250ccを摂取可能量として、セーブしながら飲むことにしたのだが、それも今思えば失敗だった。低酸素時に水分を摂取しないでいると、血液中の酸素量が極端に減ってしまうからだ。
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| 七合目付近から上の道は険しさを増す。斜度がきつくなり、岩場をよじ登るような感じの場所もあって、短い歩行距離でどんどん高度を稼ぐため、高度障害も出やすい。また道幅が狭くなるため、人が多い時は渋滞して大変そうだ。 |
標高が2000m台の山には何度も登っているけれど、3000m以上、特に3500mから上は、まったくの別世界だと知った。もちろん8000m級の山であっても、人は酸素ボンベ無しで登れるわけだから、順応してしまえば、どうってことはないのかもしれない。だけど普段平地で、濃厚な酸素を吸い放題な僕らにとって、3500m以上の世界の酸素量は、本当につらい。
ゆっくりと歩を進め、ようやく九合目にある鳥居に差しかかったのが、12時18分。ここで20分ほど座って休み、再び頂上を目指したのだけれど、ここからはさらにつらい登りだった。標高差にしてたった100mほど。頂上はすぐそこに見えているのに、ちっとも近づいてこない。肉体的につらい上、そのことが精神的にストレスとなり、まさに苦行といった表現が相応しい感じだ。
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| 頂上まであと少し、という地点からの景色。下の方で霧が出てきたと思ったら、どうやら雲だった。下に見える白い鳥居のあたりが九合目。そこから上の道は比較的緩やかな部分が多いが、それでも酸欠の体には大変厳しいものがある。 |
ようやく山頂に辿り着いたのは13時45分。登山開始から、実に6時間25分もかかっていた。吉田ルートの登りの平均所要時間は5時間30分で、これには休憩を含まないということだから、1時間以上休んだことを考えれば、平均以上のペースと言えるのかもしれないが、八合目あたりにいる時は、トータル5時間くらいで登れるだろうと考えていたので、かなり遅れてしまったという実感だった。特に僕の場合は、本来コースタイム50分である本八合目以降が、たっぷり2時間かかってしまっている。高度順応について、甘く考えていたことを反省した
頂上寸前でくぐる鳥居は、絶好の撮影ポイントとなっている。登頂の証として、お互いにカメラを渡し合い、撮影しあう。自然と笑顔がこぼれる。知らないオジサンもオバサンも、山ガールもジャージ少年も、みんな仲間。苦行をともにし、日本一の山に登りつめた仲間としての、目に見えない連帯感のようなものが、ゆるやかにたなびいていた。
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| 山頂のすぐ手前にある鳥居の下で。見知らぬオジサン同士、写真を撮りあった。 |
























