SIDE STORIES OF BLUERIBBONS
THE STANDARD
NIKE NYLON CORTEZ
ブルーリボンズ|ナイキ ナイロンコルテッツ
TEXT :: TAKATOSHI AKUTAGAWA
PHOTO :: HIROYUKI YAMADA
’72年にナイキが本格始動した時、そのラインナップのメインとなるモデルがナイロンコルテッツだった。その後40年にも渡って販売を続けられることになる、超ロングセラーモデルの誕生である。ナイロンコルテッツも基本的な形はレザーコルテッツと同様だが、上の写真にある最初のバージョンではヒールプラグは無い。またこのナイロン素材はオニツカのタイガー・マラソンで使われていたものと同じ3層構造のもので、表地と裏地の間にポリウレタンフォームを挟み込んで貼りあわせてある。オニツカが初めてこの素材を採用した時に、BRSは「Swoosh Fiber(スウッシュ・ファイバー)」と名付け、その呼び名はナイキブランド創設後も使われた。また、これがナイキロゴをスウッシュと呼ぶ語源でもあり、スウッシュファイバーはこれ以降のほとんどのナイロンアッパーモデルに使われる事になる。
写真の最初期型ナイロンコルテッツはストレート・ラスト(直線形の足型)だが、この他にレザーコルテッツII、ナイロンコルテッツIIとしてカーブド・ラスト(くさび形に曲線を描く足型)のモデルもあったようだ。下にあるネイビーのコルテッツが1st.タイプの後期型で、’73年の半ば頃から販売されていた。設計そのものは初期型と変わらないが、何故かこの時期のものだけレザーコルテッツと同じようなヒールプラグが備わっている。2nd.バージョンの登場間際のものでは、このヒールプラグの裏に「NIKE」のロゴがプリントされていた。ちなみにこの頃のコルテッツは福岡の日本ゴム社が生産を担当しており、すべてMade In Japanである。この日本ゴムという会社は’88年に社名変更しアサヒシューズとなったが、’98年に倒産。現在は会社更生法のもとで事業を継続している。同社はもともとブリジストンの親会社でもあり、歴史のある企業なのだが、製靴産業の斜陽化の波には逆らえなかった。また日本ゴムは’77年からは日本国内でナイキのライセンス製造も行い、ナイキジャパン設立前までは国内におけるナイキの発売元だった。
そして1975年、ナイロンコルテッツはモデルチェンジした。これ以降コルテッツはほとんど形が変わる事なく現在まで販売されてきたので、どこまでが2nd.モデルとするかは難しいところだが、個人的には日本とアメリカで製造されていた、アウトソールに筆記体のnikeロゴがあるものを2nd.モデルとしたい。これより新しいモノだと韓国製や台湾製がほとんどで、ラインナップの中でも廉価版という位置づけになってくるので、魅力に乏しいというのが正直なところ。日本製は日本ゴムの福岡工場で作られ、アメリカ製はBRS直営のニューハンプシャー州エクセター工場で作られた。
このタイプのナイロンコルテッツは、初めてアメリカで生産されたモデルでもある。日本製もアメリカ製も’75年から販売されていて、特に分ける事なくごちゃまぜで売られていたようだ。しかし日本製とアメリカ製ではかなり形が違っていて、履き心地も重さも違う。こんなに違う2種類のコルテッツが、同じモデルとして売られていたことには、実は大きな理由があった。
ナイキシューズの台頭は、アメリカ国内のシューズメーカーにとって脅威だった。名門アディダスを凌ぐクオリティでありながら、圧倒的に安い。そこで全米のシューズメーカーが組織していた業界団体は一計を案じ、BRSはアジア製のシューズを不当に安く販売し、国内産業を圧迫しているというキャンペーンを行ったのだ。そして団体の息のかかった議員が動いたことで、国税当局が制裁を検討するまでになり、莫大な金額の関税を課せられようとしていた。それは会社を一発で叩きつぶすのに十分な金額だったのだ。そこでBRSは対抗するためのロビー活動も行いながら、一方でアメリカ国内に直営工場を整備し、アメリカ製のコルテッツを誕生させた。そのコルテッツは日本製のコルテッツと同じ定価、同じ流通で販売され、暗に他社が安く販売出来ないのは企業努力が足りないせいだというアピールを行った。そうした甲斐あってBRSは追徴課税を逃れ、会社を存続することが出来たのである。
純アメリカ製のナイキが生まれたのは、ある意味偶然だったとも言えるが、そのエクセター工場が出来て以来、ナイキは様々なモデル開発を積極的に行うようになる。特にカラーリングについてはプロモーションモデルなどで数多くのバリエーションが作られたが、これも直営工場が国内にあったが故と言えるだろう。そうしたスペシャルカラーバージョンのはじまりと言えるのが、2nd.ナイロンコルテッツをベースにした、スペシャルナイロンコルテッツだ。オレゴン大、オレゴン州立大、USC、UCLAなど、ナイキと縁の深い学校のスクールカラーを取り入れたこれらのコルテッツは、インラインモデルとは打って変わった華やかさで人気を得た。各大学のチアリーダーはこのコルテッツを履いて応援し、観客も同じカラーのコルテッツを履いた。このモデルの存在で、スポーツシューズマーケットにおけるカラーリングの重要さに気づいたBRSは、よりポップなカラーリングのシューズを開発するようになっていく。
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