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芥川貴之志

Takatoshi Akutagawa aka AKU
ファッションディレクター

Footcornermag.編集長

1990年代よりスニーカーコレクションを始め、エディター、スタイリストとして活動する傍ら、スニーカーメーカー各社のプロジェクトに参画。「Foot Corner」のプロデューサーであり、当Webマガジンの編集長も務める。本日は’80年代のヴィンテージ”ERA”を着用。

恐らく1970年代のものと思われるシューズボックス。「Custommade for you」と書かれている通り、当時はオーダーメイドで作られていた。大量生産が開始されるのは1980年代に入ってからである。

初期のヒールには、創業者の名前そのものである「VAN DOREN」という文字が刻まれていた。’70年代後半からはいわゆるスケボーロゴが登場、さらに’80年代後半にはただの「VANS」に変わった。

’70年代末のスケボーパッチのモデル。“OFF THE WALL”という言葉は、当時バンズストアで働いていたスケーターたちが、プールの壁から飛び出して空中でターンすることを表現するため使い出した。
1970年代にスケボーと同じく西海岸からBMXというムーブメントが生まれた。BMXのライダーたちにもバンズを愛用する者が多く、バンズ自体もBMXをプロモーションに大いに利用していた。

1966年ポール・ヴァン・ドーレンが設立した「ヴァン・ドーレン・ラバー」社は、LA南部のアナハイムに工場を持ち、そのすぐ横にショップをオープンした。それ以来、このブランドはカリフォルニアを中心に沸き起こったスケートムーブメントと共に発展し、シーンを牽引して来た。今回はそんなVANSにフォーカスしてみよう。

バンズがスタートした1960年代、アメリカにはまだ多くのスポーツシューズメーカーが存在し、それらの多くは様々なゴム製品を作るラバーカンパニーでもあった。


当時のアメリカ製スニーカーと言えば、コンバースに代表されるゴム巻きのシューズが主流で、それらは接着剤がわりになるラバーをアッパーとソールの間に流し込み、窯で焼き固めるという製法によって作られていた。この製法をバルカナイズ製法(日本語では加硫製法)と呼び、まだ優れた接着剤が存在しなかった時代に、ソールを強力に接着する唯一の方法として、多くのメーカーが採用していた


バンズの初の製品がこのモデルだった。当時は#44というモデルナンバーで呼ばれ、後の“ERA”の原型となった。写真は’80年代のものと思われるカスタムモデル。(参考商品)
1979年に誕生したモデルで西海岸で大ブームとなった。こちらはVAN DORENロゴの初期物。サーファーの愛用者も多く、アロハシャツ的なモチーフは多く見られた。(参考商品)

バルカナイズを行うためには未加硫の固まっていないラバーが必要であり、そうした作業はラバーカンパニーで無ければ出来なかったのだ。そしてそれらラバーカンパニーの多くは、アメリカでは東側に多く存在していた。

バンズの創始者であるポール・ヴァン・ドーレン氏もまた、東海岸のラバーカンパニーでシューズ作りを覚えた。しかし氏が自らのメーカーを作るにあたって選んだ場所は、西海岸のアナハイムだった。恐らく彼はライバルメーカーの少ない場所を選んだのではないだろうか。この選択は、バンズが成功した理由の一つと言って差し支えないだろう。


そして彼は、自社製品を小売店に卸すのではなく、自らの手で販売する道を選んだ。


“スケートハイ”は1978年頃に登場したバンズ初のハイカットモデル。スケボーが進化しトリッキーな技が増えるにつれ、これがスケーターの定番となった。(参考商品)



1978年にBMX向けモデルとして登場。一目でバンズとわかるように考えられたサイドラインが初めて付けられたモデルでもある。当時は#36という型番で呼ばれた。(参考商品)

スポーツシューズメーカーが、直販のみで販売するというのは画期的な出来事だったに違いない。それもほぼ受注生産である。ショップにはサンプル品と空箱の山だけがあり、顧客は好みのモデルとサイズを指定し、翌日完成品を取りに来る必要があった。


そうして発売が開始された「VAN DOREN」シューズは、在庫を持たず中間コストも削ったことで低価格で販売することが出来、西海岸に住む若者を中心に、急速にシェアを拡大していった。


一号店オープンの翌年には毎週の様に新店舗を開設。ユーザーが増えるとともに、いつしかそのシューズたちは“VANS”という愛称で呼ばれるようになっていた。


バンズが世に誕生した時代は、スケートボードというまったく新しいスポーツが誕生した時代でもある。そしてスケボーもまた西海岸が発祥の地であり、両者が同じ地で出会ったことは運命的だったと言えるだろう。


目新しいバンズというシューズを履き、目新しいスケボーというアイテムに乗る。それが最先端の流行となり、バンズのヒールにプリントされていた“VAN DOREN”ロゴは、“OFF THE WALL”(変わり者という俗語に訳すことも出来るが、実際はスケボーでプールの壁から飛び出すことを意味していた)と書かれたスケボーロゴに変わった。世界初スケボー専用シューズの誕生である。


バンズはスケーターのためのシューズメーカーという、ニッチな分野の専門ブランドとなったのである。

チャッカは#49という型番で’80年代に登場したモデル。ソール等の仕様はスリッポンと共通で、カジュアルシューズ的なアッパーを持つスニーカーの元祖的存在。(参考商品)