COLUMN
ライムグリーンの誘惑
NIKE MIEKA
コラム|ナイキ ミエカ
TEXT+PHOTO :: TAKATOSHI AKUTAGAWA
1990年頃、高校卒業を目前にして、学校の友達同士で旅行に出かけた。その時、友達が持ってきていた雑誌”Boon”に、ミエカというスニーカーが掲載されていた。時は丁度、ヴィンテージ古着ブームに火が付きかかっていた頃。リーバイスのデニムと、ナイキのスニーカーは、ブームを象徴するアイコンであり、誰もが競うようにそれを手に入れようとし、相場は一気に跳ね上がろうとしていた。雑誌の片隅に小さく写っていたそのシューズは、ストロボによる色飛びを起こしていて、明らかにそれが蛍光色に近い、鮮やかな色であることを示していた。一体この派手なスニーカーは何なんだろう?それまでまったくと言っていいほど興味が無かった、ヴィンテージスニーカーの世界に、急速に惹きつけられていったのをよく覚えている。
1980年代のスニーカーは、はっきり言って地味だった。スニーカーはファッションの主流では決してなかったし、’80年代初頭のモードブームを人々はよく覚えていて、スニーカーがファッションとして取り沙汰されることがあったとしても、それは決まってモノトーンカラーがベースのものだった。
ヴィンテージスニーカーが一躍脚光を浴びた時の衝撃は、それをリアルタイムで体験した人にしか、理解することが出来ないだろう。原色と原色を組み合わせた、ド派手なカラーリング。それをシンプルなデザインに纏わせた、1970年代の亡霊は、1990年代においてなお光を放ち、新鮮でファッショナブルな存在だった。
しかし残念なことに、僕が魅了されてしまったそのミエカは、当時でもかなり希少価値の高いもので、なかなか手に入れることが出来なかった。最初は何故見つからないのだろうと、不思議に思っていたけれど、その理由は段々とわかってくる。
ナイキは1977年から日本での販売を開始し、そのラインナップに1979年から加わったのが、このミエカだった。しかしそれら日本で販売された、ナイキシューズの多くは、日本で独自に企画され、ライセンス生産されたモデルで、アメリカで販売されていたラインナップとは、その内容が大きく異なっていた。
もともとミエカは、アメリカでは女性用シューズとしてデザインされたもので、本国仕様はパープルにホワイトスウッシュという組み合わせ。それを日本人向けにリデザインして、男性用として鮮やかなライムグリーンとブラックスウッシュの組み合わせにしたのが、僕の求めていた日本版ミエカだった。つまりそれが残っている可能性があるのは、あくまで日本国内。アメリカで仕入れをしていた古着屋などには、決して並ばない理由が、そこにあった。
その事実がわかってからというもの、日本中の様々な場所に出かけては、スポーツ店や靴屋をたずねて回ることになる。しかし同じようなことをやっていた輩は大勢いて、大抵返事はつれなかった。一度は北海道の士幌という町で、色違いのミエカを見つけて喜んだけれど、ライムグリーンのミエカはなかなか姿を現わさない。
ミエカを探しているうちに、いつしか僕は、いっぱしのスニーカーコレクターになっていた。
日本各地で出会ったデッドストックのスニーカーたちは、僕の部屋の棚を占領し、そこから溢れた分は、フリーマーケットや仲の良い古着屋さんの店頭で現金に変わり、その金は再び別のスニーカーへと姿を変えた。
金が少し貯まるようになると、今度はアメリカまで足を伸ばし、ブルックリンやLAの街中で、黒人の大男たちに脅えながら、古いスニーカーを探した。もちろんそこにミエカが無いのはわかっていたけれど、僕は既に完全なスニーカーホリックだったから、ミエカへの偏愛も薄れてきていて、興味の対象は無限にあった。
しかしチャンスは突然訪れる。ミエカの存在を知ってから、3?4年が経ったある日、僕はフリーマーケットの会場で、理想的なサイズの新品のミエカに出会った。興奮を隠しきれないまま、店の主に値段を尋ねると、3万5千円という返事。もちろん即座に買った。その瞬間、僕の心の中にぽっかりと空いていた空洞が、うまく言い表せない特別な感情で、満たされていくのを感じた。
今までに買った数知れないスニーカーの中でも、ミエカを見つけた時の光景だけは、はっきりとリアルに脳裏に焼き付いている。実は写真のミエカは、その後箱付きで手に入れた完全なデッドストックで、フリーマーケットで手に入れたものではない。だけどやっぱり特別な思いが残っているのは、あの時手に入れた箱の無かったミエカ。
あの頃の僕は、現代のトレジャーハンターだった。恐らくそれが生き甲斐だったし、その感情を引きずったまま、年を重ねている。そんな僕自身のアイデンティティを形作った、大切な存在がこのミエカであり、僕のコレクションの中でも、最も大事にしているシューズなんだ。
![]() Made in Japan |
![]() Original box |
![]() “Boon” magazine, 1990 |














